2022.03.06 sun
本勝寺副住職のFacebookの投稿で
菊川の慈眼寺というところで
薬師如来様の12年に一度の御開帳があると知って
行ってきました。
別に信心深くて、というわけではなく
12年に一度と聞くと
行ってみたくなっちゃっうんですよねぇ(^_^;)
単純だからありがたく思っちゃうんです。
それに「次」はもうきっと行けないよなぁ…
と思うしね(笑)
慈眼寺自体は民家の間の
軽自動車がやっと通れる細い道のどん詰まり
小高い坂(山)の上の小さなお寺で
真言宗と書いてありました。
(法多山と一緒だ!)
お寺と言ってもおっさまがおつとめしている
というより地元の方々が守っておられるような感じ。
私が着いた頃は開扉式が終わったところか
礼服を着た方々がお弁当を提げて
お帰りになり始める頃でした。
どうしていいのかキョトキョトしていると、
本堂の中に座った大勢の地元の方々が
鐘を叩きつつ「お念仏」を唱え始めました。
掃出し窓を開けてのお念仏なので、
お念仏の声だけでなく、
外の何箇所かから
中の様子を覗き見ることができました。
心地好い緩やかな声の調子に合わせ
詠まれているお念仏は
どんなことを言ってるんだろう。
こういうのを直に拝見拝聴するのは初めてなのに
懐かしいような心が落ち着く様な不思議な感覚。
一緒に行った友達も
「NHKの新日本風土記を観てるみたい!
昔ながらのこういう行事をしてる所が
こんな近くにあるんだね!」ということと
「中でお念仏を唱えてる人って男性ばっかなのね。
なんでかなぁ。不思議な感じ」と言っていました。
薬師如来さまということで、
私もしっかり手を合わせてきました。
私が健康に過ごすことが
何よりの子供孝行だからね。
ちなみに薬師如来様の御真言は
オンコロコロセンダリマトウギソワカ
意味はわからないけど
「痛いの痛いの飛んでいけ」みたいな
優しさに溢れる魔法の言葉
本堂から繋がる五色の糸テープは
境内に立てられた大きなお塔婆に結ばれています。
参拝の人はこの大きなお塔婆に触れながら
御真言を唱えお祈りするのだそうです。
受付があって、
地元以外の私達でも
記帳すれば御札やお守りが頂けました。
五色の糸とリボンが結ばれた五円玉のお守りは
地元の方々がこの日のために作られたそうです。
地理的、歴史的知識が殆どない私。
ここ横地というところにはお城があったんですね。
御朱印と思って頂いたのは御城印でした。
描かれていたのは馬に乗り弓を構える凛々しい姿の
武士、横地城の城主。
鎌倉時代の出来事を記録した「吾妻鏡」には
代々の横地氏が弓の名人であったことが
記されているそうです。
普段私が暮らす中では
歴史を実感することなんてないのだけど
横地の慈眼寺に来て
先人がいて今があるのだと
自然に思える、ありがたい時間と場所でした。
辺りの梅も綺麗だったし
いよいよ春の訪れですね。
本勝寺副住職のFacebookの投稿で
菊川の慈眼寺というところで
薬師如来様の12年に一度の御開帳があると知って
行ってきました。
別に信心深くて、というわけではなく
12年に一度と聞くと
行ってみたくなっちゃっうんですよねぇ(^_^;)
単純だからありがたく思っちゃうんです。
それに「次」はもうきっと行けないよなぁ…
と思うしね(笑)
慈眼寺自体は民家の間の
軽自動車がやっと通れる細い道のどん詰まり
小高い坂(山)の上の小さなお寺で
真言宗と書いてありました。
(法多山と一緒だ!)
お寺と言ってもおっさまがおつとめしている
というより地元の方々が守っておられるような感じ。
私が着いた頃は開扉式が終わったところか
礼服を着た方々がお弁当を提げて
お帰りになり始める頃でした。
どうしていいのかキョトキョトしていると、
本堂の中に座った大勢の地元の方々が
鐘を叩きつつ「お念仏」を唱え始めました。
掃出し窓を開けてのお念仏なので、
お念仏の声だけでなく、
外の何箇所かから
中の様子を覗き見ることができました。
心地好い緩やかな声の調子に合わせ
詠まれているお念仏は
どんなことを言ってるんだろう。
こういうのを直に拝見拝聴するのは初めてなのに
懐かしいような心が落ち着く様な不思議な感覚。
一緒に行った友達も
「NHKの新日本風土記を観てるみたい!
昔ながらのこういう行事をしてる所が
こんな近くにあるんだね!」ということと
「中でお念仏を唱えてる人って男性ばっかなのね。
なんでかなぁ。不思議な感じ」と言っていました。
薬師如来さまということで、
私もしっかり手を合わせてきました。
私が健康に過ごすことが
何よりの子供孝行だからね。
ちなみに薬師如来様の御真言は
オンコロコロセンダリマトウギソワカ
意味はわからないけど
「痛いの痛いの飛んでいけ」みたいな
優しさに溢れる魔法の言葉
本堂から繋がる五色の糸テープは
境内に立てられた大きなお塔婆に結ばれています。
参拝の人はこの大きなお塔婆に触れながら
御真言を唱えお祈りするのだそうです。
受付があって、
地元以外の私達でも
記帳すれば御札やお守りが頂けました。
五色の糸とリボンが結ばれた五円玉のお守りは
地元の方々がこの日のために作られたそうです。
地理的、歴史的知識が殆どない私。
ここ横地というところにはお城があったんですね。
御朱印と思って頂いたのは御城印でした。
描かれていたのは馬に乗り弓を構える凛々しい姿の
武士、横地城の城主。
鎌倉時代の出来事を記録した「吾妻鏡」には
代々の横地氏が弓の名人であったことが
記されているそうです。
普段私が暮らす中では
歴史を実感することなんてないのだけど
横地の慈眼寺に来て
先人がいて今があるのだと
自然に思える、ありがたい時間と場所でした。
辺りの梅も綺麗だったし
いよいよ春の訪れですね。